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新しい船出

 「今度、タグラグビーというスポーツの大会がある。白小も出てみないか。」
5年前、前校長に言われた一言。これがすべての始まりだった。
 私は即座にその申し出を拒否した。そしてこう話した。
 「なんの準備もなしに大会に出ても意味がない。やるならきちんとやりたい。来年タグラグビークラブを作ってほしい。しっかりと準備をしたい。」
 こうして白小フェニックスは誕生した。とは言っても、当初は完全な手探り状態。
 「なぜクラブ活動なのに朝練習をするのか」
「なぜクラブなのにユニフォームが必要なのか」
色々な意見を頂いた。それらを生かしながらフェニックスは少しずつ、クラブとしての形を整えていった。教員・子ども・保護者皆で全力で駆け抜けた4年だった。いつしか、「タグラグビーの白糸台」と呼ばれるようになった。振り返ると後ろには大きな道ができていた。
 初代フェニックスの怒濤の快進撃。史上最強の素人軍団は皆に感動と衝撃を与えた。後一歩で関東大会というところでの敗戦は、私に一切の妥協や甘えを捨てさせる覚悟を与えた。
 二代目フェニックス。初代の意志を引き継ぎ、彼らは創部二年目にして全国大会出場、6位という活躍を見せた。雨の味の素スタジアム、東京代表決定戦は一生忘れることができないだろう。 
三代目フェニックス。全国の強豪を相手にしても常に互角以上の戦いを見せた。秩父宮でのしびれるような戦いの連続、本気で手の届くところにあった日本一。やんちゃ=無限のパワーを教えられた。
 四代目フェニックス。もっとも成長を見せた世代である。フォーリス三連覇。全国大会出場こそ叶わなかったが、子どもたちの見せたタグに対する真摯な態度は今後のフェニックスの手本となった。そして子ども達の涙は私に不退転の決意を与えた。
五代目フェニックス。まだ負けを知らないこの世代はどんな活躍を見せるのか。六代目フェニックス。4年生ながら東京の強豪と互角に渡り合う彼等はどのように成長するのか。私の大切な教え子である、まだ見ぬ七代目の活躍は。
 しかし私は、彼らの活躍は内からでなく外から見届けることにしようと思う。
 私は、次の世代にフェニックスコーチのバトンを渡そうと思う。一人しか指導ができない、その人間がいなくなると部が存続できない。それではいけない。それは本物ではない。フェニックスが白小のシンボルとして輝き続けるために、このバトンの引き継ぎは不可欠である。フェニックスの新たな船出である。
私は別の学校で、別の土地で再びタグの種をまこうと思う。白小でそうしたように、府中でそうしたように。一人でも多くの子どもに体を動かすことの楽しさを、スポーツのすばらしさを味わわせてあげたい。フェニックスや府中の子が、タグをやった全ての子が見せたような笑顔を新しい土地でも見てみたい。いや、見させてあげたい。
 私は幸せである。タグを通してまたフェニックスの子ども達と会うことができる。かかわることができる。別れが、別れでない。本当に幸せである。タグと出会えて本当によかった。フェニックスを作って本当によかった。心からそう思う。
 最後にこれまでフェニックスに携わって頂いた全ての人に、グランドで熱い魂を燃やした全てのフェニックスの部員に、心からお礼を言いたい。素敵な出会いに感謝している。今まで本当にありがとう。さようなら白小フェニックス、さようなら白糸台小学校。


 *フェニックスノートとして筆をとるのはこれが最後となる。ただ、この場はすでに一 学校の枠を超え、タグに関わる方の交流の場となっている。したがってブログ自体は存 続させていこうと考えている。

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新しい船出

 「今度、タグラグビーというスポーツの大会がある。白小も出てみないか。」
5年前、前校長に言われた一言。これがすべての始まりだった。
 私は即座にその申し出を拒否した。そしてこう話した。
 「なんの準備もなしに大会に出ても意味がない。やるならきちんとやりたい。来年タグラグビークラブを作ってほしい。しっかりと準備をしたい。」
 こうして白小フェニックスは誕生した。とは言っても、当初は完全な手探り状態。
 「なぜクラブ活動なのに朝練習をするのか」
「なぜクラブなのにユニフォームが必要なのか」
色々な意見を頂いた。それらを生かしながらフェニックスは少しずつ、クラブとしての形を整えていった。教員・子ども・保護者皆で全力で駆け抜けた4年だった。いつしか、「タグラグビーの白糸台」と呼ばれるようになった。振り返ると後ろには大きな道ができていた。
 初代フェニックスの怒濤の快進撃。史上最強の素人軍団は皆に感動と衝撃を与えた。後一歩で関東大会というところでの敗戦は、私に一切の妥協や甘えを捨てさせる覚悟を与えた。
 二代目フェニックス。初代の意志を引き継ぎ、彼らは創部二年目にして全国大会出場、6位という活躍を見せた。雨の味の素スタジアム、東京代表決定戦は一生忘れることができないだろう。 
三代目フェニックス。全国の強豪を相手にしても常に互角以上の戦いを見せた。秩父宮でのしびれるような戦いの連続、本気で手の届くところにあった日本一。やんちゃ=無限のパワーを教えられた。
 四代目フェニックス。もっとも成長を見せた世代である。フォーリス三連覇。全国大会出場こそ叶わなかったが、子どもたちの見せたタグに対する真摯な態度は今後のフェニックスの手本となった。そして子ども達の涙は私に不退転の決意を与えた。
五代目フェニックス。まだ負けを知らないこの世代はどんな活躍を見せるのか。六代目フェニックス。4年生ながら東京の強豪と互角に渡り合う彼等はどのように成長するのか。私の大切な教え子である、まだ見ぬ七代目の活躍は。
 しかし私は、彼らの活躍は内からでなく外から見届けることにしようと思う。
 私は、次の世代にフェニックスコーチのバトンを渡そうと思う。一人しか指導ができない、その人間がいなくなると部が存続できない。それではいけない。それは本物ではない。フェニックスが白小のシンボルとして輝き続けるために、このバトンの引き継ぎは不可欠である。フェニックスの新たな船出である。
私は別の学校で、別の土地で再びタグの種をまこうと思う。白小でそうしたように、府中でそうしたように。一人でも多くの子どもに体を動かすことの楽しさを、スポーツのすばらしさを味わわせてあげたい。フェニックスや府中の子が、タグをやった全ての子が見せたような笑顔を新しい土地でも見てみたい。いや、見させてあげたい。
 私は幸せである。タグを通してまたフェニックスの子ども達と会うことができる。かかわることができる。別れが、別れでない。本当に幸せである。タグと出会えて本当によかった。フェニックスを作って本当によかった。心からそう思う。
 最後にこれまでフェニックスに携わって頂いた全ての人に、グランドで熱い魂を燃やした全てのフェニックスの部員に、心からお礼を言いたい。素敵な出会いに感謝している。今まで本当にありがとう。さようなら白小フェニックス、さようなら白糸台小学校。


 *フェニックスノートとして筆をとるのはこれが最後となる。ただ、この場はすでに一 学校の枠を超え、タグに関わる方の交流の場となっている。したがってブログ自体は存 続させていこうと考えている。
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